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ここ数年、断捨離と言う言葉をよく見聞きする。
スローライフとかロハスなんて言葉と通じる考え方、生き方の一つなんだろうが、まあいわゆる物質文明、過剰な物欲への批判や反省をした生き方の奨励ってのは繰り返し起きる現象ですね。
これも、まあブームの一つだと思います('ω')ノ

ある程度、共感できる側面もありますが・・確かに私は服を持ちすぎている。
購入後10数年着ていない服など山ほどある、そう本来の人生において無駄、余分な程に服やら靴やら時計やらを所有している。
確かに無駄なモノや執着心に縛られる事無くシンプルで開放的な生活をしたいような、そうでもないような~と言うかそもそも容易く処分できるようなモノを買い集めた訳じゃないのでたやすく断捨離等出来る筈はない。
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断捨離と言うワードの陰には、それを助長させるような価値の無い服の存在が見え隠れる。
容易くポイポイ捨てれる服ってそもそもなんだろうか?

そんな疑念とは別に私にとっての現実は以下のようになる、ヴィンテージのシャツ等はほとんどデッドストックで入手しており、今でもデッドストックのままで百枚前後は軽くあるだろう。
カットソーに関しても同じくだ、そしてヴィンテージではない服でも作りの良いモノばかりなので、まあ全部が大事ですね('ω')ノ
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服の価値を只、安い事、流行を追う事だけに特化した宣伝の末路が断捨離と言う廃棄手法になったとしか個人的には思えない。
ブランド価値や品質面で評価する箇所がほとんどないそれらは価値が無いから売却も出来ない、雑巾(ウエス)にしかならない正にゴミでしかない、そんなモノは我々には無縁だ。
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歴史ある服には無言ながら雄弁に自己の存在をアピールする存在感がある。
それを感じる我々、ヴィンテージ愛好家は物欲と言う物質主義の権化のような存在でありながら、実は唯心論的な見方でモノの価値を見極めているのかもしれない。
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歴史ある服や靴に限らず、それらを見事に再現した復刻衣類、作り手の思いを感じ取れる服等は~どれも別格で特殊な存在だ。
そもそも断捨離対象とされる衣類とは毛色が全く異なるし、たやすく捨てるような低品質でもない。
確かにブランド価値としては復刻衣類などスモールマーケットの中の存在なのでさほど価値は無いかもしれないが、それとは別の価値意識を持つ事は古物偏愛同様に唯心論的な側面もある。
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このような特殊な衣類に囲まれて~身につけている事が最も自然な我々にとって世間的な流行り文句等そもそも無縁な話しだ。
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さて、そんな具合で断捨離なんて出来ないし、する気もない。
とは言いつつも体系の変化や服自体の縮みや伸びで着用に問題が生じた場合は残念ながら手放さいといけなくなるので次に着る人へなんらかの手段で譲渡する事を否定するわけではない。
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